この数日、mixiの一部をにぎわしている募金活動がある
まんざら、関係がない世界のことではなかったので、覗いてみて驚いた!
募金活動が悪いと言うのではない。
内容を云々と言うのではない。
ただ、主旨ややり方に驚いたのだ。
人様の大切なお金を頂いて何かしようというときに、
なぜ、HNだけでできるんだろう?
フリーのメールアドレス一つが連絡先。
そんなことができるんだろう?
名前を出すわけに行かない。
などと言う甘えがなぜまかり通るんだろう?
寄付を募ると言うことは、
要するに、
お金が足りないから、お金をください。
と言うことなのだ。
基金と言う言葉を、辞書を引くべきだ。
やっているのは単なる募金活動だ。
募金活動も、自分たちの力の一環だと思うのかもしれない。
ただ、責任の所在のはっきりしないこういった行為は、
一つ間違えれば、チェーンメールとなってしまいそうな、
そんな危険すらある。
うっかりすると、詐欺行為の助長につながる危険すらある。
街頭の募金とは違う。
街頭の募金なら、そこに立っている人という実体がある。
HNで、それが誰だか知っている。というかもしれない。
本当に知っているのか?
ブログや、mixiの書き込みを読むことは、
その個人を知っていることなのだろうか?
発起人?に知っている人のHNを見つけてのけぞった!
この人が、こんな馬鹿なことに気が付かない人だとは思わなかったからだ。
こんな無責任なやり方をする人だとは思わなかったからだ。
責任、と言うことをちゃんと考えて行動する人だと思っていただけに、愕然とした。
いや、もしかしたら、
ある意味、ネットに巣食う魔物を良く知っているのかもしれない。
実体のない実体と言う・・・・魔物
なりすまし
と言うのが、一時、いろいろなところで言われていたころがあった。
こういった形で寄付と言うことが成されるのを見ると、
日本は本当に平和なのだと思う。
日本人が、海外の旅先でいろいろな困難に直面するのも当たり前だと思う。
人を疑え。と言うのではないが、
人を疑わない。と言うことは美徳ではない。
単なる自己責任なのだ。
そして、
責任の所在をはっきりすることは、
小額でも、お金を動かそうとするのには当たり前のこと。
私が固すぎるのだろうか?
とっても不思議なネットの世界。
見も知らぬ、会ったこともない人が
一瞬で親しくなれる世界。
親しくなった。と錯覚することのできる世界。
恐ろしい!
と感じる瞬間でもある。