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雨月

Author:雨月
カウンセリングやヒーリングを仕事として*年
最近では、スピリチュアリストと言う方が通りが良くなりました。
生きとし生けるものが大好きで、人が大好きで、何より寝ることが好き!
比叡の山中に庵(虹の風)を構えています。
疲れたら、一休みしにいらっしゃいませんか?
琵琶湖の風に吹かれ、鹿やいのししの声を聞き、鳥に目覚めを即される。そんな庵です。


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最近、登校拒否の子供を持つ親御さんからのご相談が多い。
それも、この数年、激増し、減る傾向は見えない。
多くの親御さんが、
「どうしてかわからない」
「子供に聞いていいかどうかわからない」
「何が原因で学校に行かないんでしょう」
「うちの子はいじめられているんでしょうか?」
とおっしゃる。
皆さん一様に、子供さんのことを大切に思っている。
大切に思っているからこそ、
どうしていいかわからなくなっているのだ。
「どうすれば学校に行けるようになるんでしょう?」
ならまだいい。
「どうしたら学校に行ってくれるんでしょう?」
と、ここまで行きつめていることもある。
同じように聞こえるかもしれないが、
この二つの間には天と地の違いほどの違いがある。

行けるようになる

行ってくれる


主体がまったく逆なのだ。
子供が主体となることに問題があるというのではない。
まあ、それも問題なのではあるが、
親としての意識のある場所の問題なのである。
いや、親としてというより、大人として。というべきだろう。
昨今、犯罪の低年齢化が歌われているが、
それに伴い、(どちらが卵かめん鳥かは不明だが)
各種のカウンセリングの書物や、
親に対するアドバイスの文章などに、
「子供の立場にたって考えましょう」
「子供の目線で物事を見ましょう」
「学校に行きたくないなら、休ませましょう」
というのが目立つようになった。

それはそれでいい。
だが、
子供の立場に立つ というのは、判断の頭の中身まで子供になることではないのです。
子供が、今、学校や友達の中で、
どのような立場にあり、どのように行動しているかを真剣に考えるということなのです。
子供の目線でというのは、子供さんがまだ小さい場合は、
実際、現実の目の高さを子供の高さにあわせて周囲を見てみることも含め、
ものごとが、子供の目にはどう映っているのか。を、観察したり、考えるということですし、
このどちらもが、子供の考えや、思考を中心におくことではないのです。
そうしなくても、理解することは十分にできます。
理解したうえで、大人として、親としてどのように対応していくべきなのかを考えることが大切なのです。
理解したうえで、親が、より、広い、より体験に満ちた考えや行動を示すこと。
これが真剣に子供に対応することだと思います。
もし、真剣に渡来してみても、理解できない、判らないと言うのであれば、それはそれでいいのだと思います。
真剣に取り組むうちに、
何か少しは見えてくるものがあるはず。
それを大切に子供さんと接すると、
少し包み得てくるものがある。

学校に行きたくないといっているから休ませる。
学校に行きたいと思っている子供がどれだけいるのだろう?
行きたいときに行けて、行きたくないときには行かなくていいのなら、もちろん、それに越したことはない。
でも、
それでいいのだろうか?
学校はもちろん、いやなところだが、
集団生活や社会性を学ぶ場でもある。
自分の考えとは違った考えの人間というものを知る機会でもある。
緊急避難としてのお休みの後でいいから、
真剣に対応する必要があることでもある。

つづく

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