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雨月

Author:雨月
カウンセリングやヒーリングを仕事として*年
最近では、スピリチュアリストと言う方が通りが良くなりました。
生きとし生けるものが大好きで、人が大好きで、何より寝ることが好き!
比叡の山中に庵(虹の風)を構えています。
疲れたら、一休みしにいらっしゃいませんか?
琵琶湖の風に吹かれ、鹿やいのししの声を聞き、鳥に目覚めを即される。そんな庵です。


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海外に行くと、よく聞かれる質問がある。
あなたの信じる宗教は何ですか?
である。
私が良く行くのが、インド近辺からネパール、
東南アジアが主体なので、余計にその傾向が強いのかもしれないが、
向こうの方たちは、
本当に自分の信じる宗教と言うものを大切にしている。
以前、神戸に事務所を構えていた。
そのビルのオーナーはインド人で
もう長いこと日本に住んでいる。
子供さんは日本で教育を受け、アメリカの大学に行った。
ご両親はシンガポール住まいで
インドにはほとんど行った事もない。
そんな彼が、決して肉を食べようとしない。
おうちに招待されることもたびたびあったが
見事な菜食のインド料理だった。

一度、街のレストランに行ったとき
そこのメニューには、菜食のものがなかった。
とても困った顔をしながら、
一生懸命に肉抜きの料理を作ってくれるよう説明していた。
彼の事務所には、インドの神々の祭壇があった。
毎日、敬虔な祈りと、香がたかれていた。
もちろん、こんな人ばかりではない。
現地であるインドでだって、
隠れてシズラーに通うインド人をたくさん見たし
外見ではわからないように
お茶のポットでアルコール類を出すチャイニーズレストランも知っている。
でも、そこの人たちにとっても、宗教は、信仰は生きていた。
私は、如何に戒律を守るかと言うことではなく
いかにそこに信仰心を持つかと言うことだと思っている。

頑固なまでに守るもの。
たとえそれが理屈に合わなくても
たとえそれが理不尽なことであっても
頑固なまでにそれをよりどころとする。
それを心の支えとする。
そういった位置づけの信仰というものを
私たちは持っているだろうか?

別に信仰心があることが大切だと言うわけではない。
ないならないで、
自分自身にもそれがはっきりしているのなら良い。
私はよくこういったことを言う。
正月に神社に初詣に出かけ、破魔矢を買い、彼岸や盆には墓参りをし、4月には寺に出かけて甘茶をかけ、交通安全のお札をもらい、クリスマスにはツリーを飾って賛美歌を流し、暮れにはお寺に除夜の鐘を撞きに行く。
子供が生まれれば、初宮参りとして神社に参り、成長すれば教会でウエディングドレスで結婚式を挙げ、死して戒名をもらい寺の坊主にお経を上げてもらう。
(皆が皆こうではないことはわかっています
 典型的な例としてあげさせてもらいました)
これこそが日本教と呼ぶべき宗教である。
と、
もちろん、揶揄である。
なぜなら、そこに、ほとんど意味が含まれて居ないからだ。
習慣とか、常識とか言う名前の下、
皆と一緒のことをしておけば安心。
と言う日本人の特有の思考が存在するからこそ、
こういった流れが出来上がったのだろう。
しかし、そこには確たる芯となるものがない。
理屈抜きでよりどころとするものが、
そこに欠けているのだ。

最初に話を戻そう。
あなたの信仰する宗教は何ですか?
と聞かれて、答えることができるだろうか?
多くの場合、
日本人は、仏教徒だと思われている。
そして、外国の方から、
日本人は仏教徒ですか?
ときかれた場合、あいまいに「イエス」と言うだろう。
しかし、私たちは、仏教の何を知っているだろう。
神道の何を知っているのだろう?

おうちに仏壇のある。仏教徒の皆さん、
自分が日本の仏教の中でも、その宗派かご存知ですか?
その宗派の教祖は誰かご存知ですか?
主に祭るべき仏様はどなたかご存知ですか?
その仏様の役割をご存知ですか?
仏教徒として最低守るべき戒律をご存知ですか?
仏教の祭日をご存知ですか?

私が出会った外国のかたがたは、
これらの問いにすらすらと答えてくれた。
しかし、この問いが自分自身に向けられたら?

宗教を持つことが大切なわけではない。
信仰心が大事だと言っているのでもない。
自分自身の無知を知ることが大切なのだ。
知らないことは、知ることができる。
知らないことに人は判断を下せない。
宗教は嫌い。
と言う方がある。
その方でも、寺におまいりに行くし、
神社でお守りを購入する。
では、そこに何の利益(りやく)を考えての行動?
信じてもいない神々や仏様にすがる?
どういった矛盾がそこにあるのか。
自分自身の心の中に、
神や仏がどういった位置を占めているのか。
いま、
いまこそ、
考えてみるべきときなのでは?と思う。

ああ、御題から外れてしまった。
続きは明日にでも・・・・

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