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雨月

Author:雨月
カウンセリングやヒーリングを仕事として*年
最近では、スピリチュアリストと言う方が通りが良くなりました。
生きとし生けるものが大好きで、人が大好きで、何より寝ることが好き!
比叡の山中に庵(虹の風)を構えています。
疲れたら、一休みしにいらっしゃいませんか?
琵琶湖の風に吹かれ、鹿やいのししの声を聞き、鳥に目覚めを即される。そんな庵です。


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仏の心とは

日本の仏教においての大きな儀式のひとつに
得度式というのがある。
得度式とは、
仏教に帰依し、仏道に入り、出家することである。
これを経て、初めて人は僧侶と呼ばれる身となる。

問題なのは、
この得度をした瞬間から、
お坊さま と呼ばれる存在になることだ。
たいていの人が、
お坊さま に出会うと、自分のほうから頭を下げることが多い。
坊主のどこが偉い?
坊主のどこに頭を下げる?
坊主のどこに頭を下げさせるものがある?
ほとんどは、伝統の力である。
日本の仏教の歴史において、
たくさんの傑出した僧侶は出現した。
彼らは、真剣に、修行し、道を求め、
本当の救済とは何かを突き詰めていた。

今の僧侶に、
その心はあるだろうか?
実際、私自身が所属していた寺院においても、
一番最初に心配していたのは、
お寺の維持費に関することだった。
毎月の管理維持費をどうやって捻出するか。
どうやって信者さんからその費用を集めるか。
今、伝統がある寺院であればあるほど、
その維持にもお金が掛かる。

つまり、仏事そのものも、大きな経済の流れなお中に埋没してきているのだ。
伝統を守ることはすばらしい。
何百年も維持してきた建物を、
そのある姿で維持することも意味があるだろう。
しかし、ここは寺院である。
寺院として一番に大切にしなくてはならないのは、
人々の心の安寧であり
人々の悩みや迷いにどのように対応するかではないのだろうか?
そして、僧侶自身が、
自分自身の中を見つめ、仏道に精進し
仏陀が目指した高みへと
自分自身を押し上げることなのではないだろうか?

ほかのお寺に関しては知らないが
私の目にし、耳にしていた仏教界というのは
見栄や、外見、地位が優先される世界だった。
いまや、出家と言っても
本当に家族や自分自身のもろもろのものとの縁を切る方はほとんどいない。
これは私の寺だけのことではない。
出家する前に、じっくりと考えることが出来る時間も無い。
と言うか、そんな修行期間を設けている期間そのものが減ってきた。
あっても、形に流れすぎている。
本人の、意思や、(まあ、本人の意思なしに出家するなんているはずはないが)そのために必要な時間の違いに関係なく、
まるでベルとコンベアに乗せられているかのように物事が続いていく。
流れに乗っていれば
位を得、住職になったり、役職になったりする道が開ける。
もっとも、それすら、
お寺の子供であるかどうかが問題だったりするのだ。

出家は個人の問題のはずなのに、
お寺を継ぐために、
お寺の権利を確保するために、
お寺の子供や縁者が出家し、
そのお寺に帰ってきて後を継ぐ
何のための出家?
家を守るための出家?

まじめな僧侶の方もたくさんいらっしゃる。
ある、年若い僧侶が言った
もうすぐ規定の修行期間は終わるけど、
家に帰ってどうしたらいいのかますます分からなくなった。
私の言葉が、
信者さんのどんな役に立つのか自信がない。
自分自身が、世間と言うものをまったく知らない。
そんな自分がいったい何を言えるのだろう?
と、

こんな方ばかりなら、
まだまだ救われると思う。
彼が、この気持ちを自分のお寺に帰っても無くしていないことを切に願う。

その反面、
こんな話がある。
自分のところで出した戒名をつけなければ、
葬式は出してやらない。
寺の墓地にも埋葬させない。
などと言うお寺が実際にある。
無くなった方が遠方に住んでいたため、
無くなったときに、現地のお寺で戒名もつけてもらっていた家族は、
戒名を付け直すべきかどうか迷った。
しかし、それもまた失礼な話となるし、
この宗派は、
戒名料も馬鹿にならない金額で
それを二重払いすることになるのである
困った家族は、
霊園に墓地を構え、
お寺の墓地からお墓を引き上げる羽目になった。

こんなことがあっても、
その寺からは、ずっと、寄進の請求やお願いが来るのだそうだ。
何代も前からお付き合いのあるお寺
もちろん、お寺にだって事情はあるだろう。
しかし、人にはそれぞれ事情と言うものがある。
きちんと聞いてあげ、
それに応じた対応をすることは出来なかったのだろうか?
お墓と言うのは面白いもので、
その土地が個人のものになるわけでなく、
墓地としての使用権を売り買いする。
そのお寺は、
彼らがお墓を引き上げた後の墓地をすぐに転売したそうだ。

こんな話を聞くたっびに、
五体投地を繰り返しながら巡礼する
ネパールやチベットの人々の姿が浮かんでくる。
ボダナート近くの寺院で、
遠く、チベットにいる仏教徒の身を案じる
転生仏の言葉を聞いた。
身の危険を顧みず、チベットに仏画を運ぼうとする人々に出会った。
転生仏に会うために、何百キロも歩いてきた仏教徒に出会った。
肌身離さず数珠を繰る翁に出会った。
今の日本の方にそれをしろ。と言うのではない。
日本でもそれが当然だと言うわけでもない。
ただ、その中に息づく心は?
その中に込められる気持ちは?
と思うのみである。

人の痛みを感じようとすると、
それは自分自身の痛みとなるかもしれない。
それでも
痛みを感じない人間にはなりたくないと思う。
人の痛みを引き受けてあげることは出来なくても、
人の痛みを理解できる人間になることは出来る。
人の痛みを癒してあげられなくとも、
より大きな痛みを与えることのない人間になることは出来る。

自分自身の痛みを感じるとき、
そこに、人の痛みも感じることが出来る。
そんな人間でありたいと思う。

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