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雨月

Author:雨月
カウンセリングやヒーリングを仕事として*年
最近では、スピリチュアリストと言う方が通りが良くなりました。
生きとし生けるものが大好きで、人が大好きで、何より寝ることが好き!
比叡の山中に庵(虹の風)を構えています。
疲れたら、一休みしにいらっしゃいませんか?
琵琶湖の風に吹かれ、鹿やいのししの声を聞き、鳥に目覚めを即される。そんな庵です。


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神様って?

神様って何ですか?
とても、簡単で、とても難しい質問をいただいた。

たった一言に近い短い疑問だけど、
そこに含まれるものは、
とてつもなく、大きく重い気がする。
人が、「神」と言う言葉を使うとき、
そこには色々なものが内在する。

人は、「神」の中に自分にはないすべてを、
自分の手には届かない何かを、
自分ではどうすることもできない何かを
いっぱい詰め込んでいる。
そして、見ることのできない存在、
触ることのできない存在として位置づけ、
自分自身を罰したり、
自分自身を許したりするのに利用する。

「神」とはそういった存在であろう。
この場合、
「神」が実際にいる必要はない。
なぜなら、
「神」は絶対であり、触ることも見ることもできない。
自分自身にはまった駆動することもできない存在なのだから。
この場合、
「神」はさまざまな言い訳にも利用される。
そういった役割を担う存在として、
「神」を作り出したのもまた人なのだろう。
これを「仏」と言い換えても、
多くの場合はあまり変わりがない。
なぜか日本人は、「神」より「仏」が優しいと定義づけしているが、
国によってはこれが正反対の場合もある。

では、「神」はただ人間が思考の上で作り出した幻なのか?
そうではない!
「神」は実際にいる。
ただ、われわれが、「神」に与えている役割とは
ちょっとばかりその存在の仕方が違うように思う。

とても単純な比喩なのであるが、
「神」の目から見ると、
すべての命の重さは同じで、
その大切さに寸毫の違いもない。
そうすると、
命の多さから考えても、
人間も、ゴキブリも、蚊も、樫の木も、タンポポも、
みんな同じ重さの命であることに変わりはない。
人間にばかり気をとられているはずもない。
一人の人間のために、
大きな力を振るい、
多くの影響を与えそうなことに
力を貸そうとすると考えるほうが変ではないか?
すべての命が平等な世界では、
ひとつの命の流れを変えようとすると、
当然、大きくほかの命の流れを変えてしまうことに通じる。
そのような危険を冒すには、
よほど大きな必要性があることに限られるだろう。

ここで断っておくが、
「祈り」が無駄だと言うのではない。
「祈り」は大切なもので、
「祈り」によって大きな力が動く。
だが、それと「神」と言う存在とはちょっと違うということなのだ。
「神」と言う存在を軽く考えないでほしい。
「神」と言う存在を人間に都合の良いように定義しないでほしい。
と言いたいのだ。
「人間」は、往々にして、
自分が世界の主であるかのように錯覚する。
自分たちが幸せであることが世界を幸せにすると言うか、
まあ、それは大げさではあるが、
そのための必須アイテムのように、
「神」を捉えている傾向があるように思う。

あなた自身の運命を決定付けるのは、
あなたが創り出した「神」ではない。
あなた自身なのです。

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