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雨月

Author:雨月
カウンセリングやヒーリングを仕事として*年
最近では、スピリチュアリストと言う方が通りが良くなりました。
生きとし生けるものが大好きで、人が大好きで、何より寝ることが好き!
比叡の山中に庵(虹の風)を構えています。
疲れたら、一休みしにいらっしゃいませんか?
琵琶湖の風に吹かれ、鹿やいのししの声を聞き、鳥に目覚めを即される。そんな庵です。


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オーラへの先入観

最近、オーラというものに対する認知度が上がって、
ほとんど誰でも、
オーラという言葉くらいは知っているようになった。
これがいらぬ混乱も招いているようにも思う。

というのも、
霊能者について考えてみてほしい。
ほとんどの人が、
霊能者とは、すばらしい人だと思っている。
そうだろうか?
霊が視える!
ということは、人間性とは関係がない。
人格がすばらしかろうと、品性下劣であろうと、
視える人は、視えるのである。
ただ、その、視えるものから、何を導き出すか?
この部分については、人間性が大きくものをいう。
つまり、
何ができるかではなく、
何を導き出すことができるか?
ということが重要なのだ。

オーラに関しても、
同じようなことがいえると思う。
霊を視るよりも、
オーラを視るほうが数段簡単である。
いや、数段簡単というより、
どのような視え方か?
オーラのどの部分を視ているのか?
ということを問わなければ、
ほとんどの人が、オーラを見ることはできるのだ。
ちょっとした、地道な努力と、先入観を捨てることができれば、
オーラを視ること自身は、そんなに難しいことではない。
現に、
私のところの講座で、
多くの方が、オーラを感知することができるようになっている。
彼らは、普通の主婦であったり、普通のサラリーマンだったりする。
何か特別な修行をしたり、
何か特別な血統の生まれだったり、
何か特別な前世を持っていたりするわけではない。
みんな、普通に生まれ、普通に生き、普通に生活している人たちだ。

だのに、
オーラが視える
というだけで、特別視したり、
あたかも、その人自身が特別な存在であるかのように
周囲も、時によっては、本人自身も、錯覚していることがある。
守護霊がみなに平等に憑いているように、
オーラはすべての人が持っている。
自分自身のオーラを知るということは、
自分自身の中を知るということに通じる。
そして、自分自身を、
自分の望む方向に発展させtるための
一石を投じることができる。

特別なものを求めても、
そこにあるのは、毎日の積み上げでしかない。
そして、毎日の積み上げだけが
運命を切り開いてくれるのだ。


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