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雨月

Author:雨月
カウンセリングやヒーリングを仕事として*年
最近では、スピリチュアリストと言う方が通りが良くなりました。
生きとし生けるものが大好きで、人が大好きで、何より寝ることが好き!
比叡の山中に庵(虹の風)を構えています。
疲れたら、一休みしにいらっしゃいませんか?
琵琶湖の風に吹かれ、鹿やいのししの声を聞き、鳥に目覚めを即される。そんな庵です。


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得度への道 その2

日本に仏教が入ってきたのは、今の中国を通してだった。
それゆえに、多くの中国の思想がその中には溶け込んでいた。
私たちが、一くくりに仏教と呼んでいるものは、
実は、中国の道教とチベットの仏教の融合したものなのである。

もともと、仏教は個人のためのものだ。
仏陀は、王子として生まれ、老いや病、貧困を始めて目にしたとき、次に生まれ変わるときに、こういった老いや病、貧困の中に生まれたくないと願った。
自分自身が老いることも無く、病に付することも泣く、貧しさにあえぐことも無いためには、生まれ変わることが無ければいいのである。
つまり、実に人間的な、実に利己主義な心から、仏陀は修行の道に入ったわけなのだ。
その目的は人として、苦しみのあるこの世に生まれ変わる必要の無い存在となることを求めて・・・・

私は、この事実が好きだ。
物事を求めるのに、そのとっかかりは何でもいい。
それを求める課程において、何かが起き、それによって人は変わっていくことが出来る。
それをこれほど如実に顕してくださっている。

そのはじめの動機が崇高である必要は無いのだ。
ひたすらに目的に向かって邁進するとき、人はいろいろなものに出会う。
それを真摯に受け止め、
それに対する素直な気持ちをなくさないこと。
そして、そういった出会いから学んだことを、
真に自分の血肉とすること。
その中には、当初の目的をお菊変化させるような出来事や出会いもあるだろう。
固執せず、しなやかに、自分自身がその時に真に求めるものに向かって
修行と言うのは、
決して、寺院や山の中でだけするものではない。
毎日の生活の中に、
毎日の仕事の中に、
毎日の人との出会いの中に、
そこにこそ修行の真髄がある。
座禅や瞑想を通して、自分自身の内側を見ることはもちろん大切だが、
そのためには、自分自身というものを知らなくてはならない。
いろいろな体験や出会いを通して、これまで自分自身ですら知らなかった自分との出会いがある。
その自分時sんをどう受け入れるか。
自分ですら、思いもしなかった自分の一面。
その一面をどのように受け止めるか。
それこそが修行というものの意味だろうと思う。



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ちょくちょく拝見しています。いつも更新凄いですね。私も努力しないと・・・。もう寒いので体に気をつけて下さい。またよらせて頂きます。

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